脊柱管狭窄症の“真の問題”はどこにあるのか?──画像と症状のズレ、手術の適応、現場の葛藤から考える

 

脊柱管狭窄症。
この言葉を耳にしたことのある人は多いかもしれませんが、その実態や、診断・治療における課題を深く理解している人は意外に少ないのが現状です。

私は臨床医として、日々多くの脊柱管狭窄症の患者さんと接してきました。一方で、医療研究者として、エビデンスベースの医療(EBM)や新たな治療技術の評価にも関わっています。この記事では、現場で感じる「理論と現実のギャップ」、そしてその背後にある医療制度や倫理の問題にまで踏み込んでみたいと思います。


脊柱管狭窄症とは何か?

脊柱管狭窄症とは、背骨の中を通っている神経の通り道(=脊柱管)が加齢や変形、靱帯の肥厚などにより狭くなり、神経が圧迫されて様々な神経症状が出る病態です。

最も典型的なのが「間欠性跛行(かんけつせいはこう)」です。これは、歩行中に脚のしびれや痛みが出て、しばらく休むと回復するという症状です。また、坐骨神経痛、足のしびれ、下肢の脱力、排尿障害など、症状の出方は人それぞれです。


「画像と症状」が一致しない現実

脊柱管狭窄症の診断では、MRIやCTといった画像診断が非常に重要です。しかし、臨床ではしばしば「画像で強い狭窄があるのに、患者はほとんど症状がない」あるいは「画像では中等度なのに、患者は歩行困難」という場面に遭遇します。

この「画像と症状の乖離」は、医療者を迷わせる最大の要因の一つです。医学的には“画像所見と臨床症状の相関は限定的”ということはよく知られていますが、患者に説明するときにこの曖昧さはとても厄介です。


「すぐに手術すべきですか?」という問いへの葛藤

多くの患者さんがこの質問をされます。
結論から言えば、「すぐに手術」という症例は一部に限られます。例えば、排尿障害を伴う馬尾型の狭窄や、著しい歩行障害が日常生活に支障をきたしている場合などです。

一方で、多くの患者には保存療法(薬物、ブロック注射、リハビリ)がまず行われ、手術は「それらが無効であった場合の選択肢」として位置づけられています。

ただしここで問題になるのが、「保存療法の限界」「生活の質(QOL)の低下」「医療アクセス」などの複合要因です。


医療の意思決定は、どこまで「科学的」でいられるか?

脊柱管狭窄症の治療方針を決める際、私たちはガイドライン、論文、RCT(無作為化比較試験)などの“エビデンス”を参考にします。しかし、実際の現場では、次のような非科学的な要素も意思決定に影響を与えます。

  • 患者の経済的事情(保存療法の継続が困難)

  • 地域医療資源の差(手術までの待機時間)

  • 患者・家族の不安や希望

  • 医師自身の経験や価値観

これは「悪」ではありません。むしろ、医療の現場とはそういう複雑な要素が交錯する「リアル」な場です。しかし、これを踏まえてなお「どの選択が最も患者にとって良いのか」を常に問い続ける姿勢が求められます。


高齢化社会と今後の課題

脊柱管狭窄症の有病率は加齢とともに上昇します。日本の高齢化が進むなかで、この疾患はますます“国民病”になりつつあります

医療リソースの限界、外科医の偏在、リハビリ施設の地域格差――こうした構造的な問題を前に、単なる「科学的正しさ」だけでは十分な医療は提供できません。

また、近年は再生医療やAI診断支援の研究も進んでいますが、こうした“未来の医療”が現場の負担を軽くする保証はどこにもありません。むしろ、「足元の医療」が崩れないために何を優先すべきか?という問いが、今こそ求められています。


おわりに

脊柱管狭窄症という一疾患を通して見えてくるのは、「科学」と「現場」のあいだにある深いギャップです。私たちは、単なる診断と治療の技術だけでなく、「この患者にとって最善とは何か」を問い続ける臨床の姿勢、そして医療制度や社会的課題に対する感度を持ち続ける必要があります。

最前線の現場から、こうした「医療のリアル」を今後も伝えていけたらと思います。

 

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